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自分の誕生日に毒親から電話がかかってくる事について語ろうじゃないか…

こんにちは。

いて座の松田トロです。

 

今日は、私の誕生日に母から電話がかかってきた話を書きます。

「誕生日おめでとう!」母から電話がかかってきた

毎年、私の誕生日には母から電話がかかってくる。

それはありがたい事だし、とても感謝している。

しかし、その電話の内容が毎年うんざりするのだ…。

 

「誕生日おめでとう!○○歳になったね!」

「ありがとう…」

ここまではいい…。

 

その後から誕生日の余韻など感じる間もなく母の独演会が始まる。

「今日は、お父さんの今後の方針を決めるために先生から話がある…」

「脳動脈瘤(母の病気)の手術をどうしたらいいか悩む…先生は手術した方がいいかもって言うけど…」

「Aちゃん(諸事情で実家にいる姪っ子)がいると手術しにくいよね…」

「これからまだお父さんの癌治療が始まると、お金かかる…」

などなど、これに祖母や小姑の事も定番で話をしてくる。

 

私は若いうちは真剣に母の話に耳を傾けていたが、段々そっけなく対応してきた。

正直、物心ついた時から母の愚痴は聞いている。

今まで散々聞いたから、母の愚痴を、これ以上聞きたくないのが本音だ。

 

「姑や小姑(私から見たら祖母、おばさん)の事が嫌だったらもっと距離を置けばいいのに…」

 

何十年も変わらない母。

私はただ誕生日を祝って欲しいだけなのに、なぜまた母の愚痴を聞かないといけないのだろう…。

 

言うだけ言って、相手にしない事に決めた

一通り話を聞いて、父の病気の事に関しては、母だけに負担が来ないよう妹と一緒にムンテラ(病状説明)に入ってもらう事にした。

(説明が18時からだったので、私は遠距離に住んでいるため断念)

母の手術に関しては、母が手術をしたいと思った時、手術をするよう話した。

(脳動脈瘤は6mmという大きさだったので…)

 

お金に関しては今まで私は援助をしたし、この前父の一時退院で保険金が下りたのでそれから使ってと言った。

(自分の生活を大切にするって決めた)

 

姑、小姑に関しては、いつまでもお母さんを頼りにしている人たちと距離を置きなさい。

もう祖母は施設に入ったので施設に任せ、小姑に関しては旦那もいるのだから(子供はいない)、お母さんが面倒をみる必要がない。

 

お母さんは

お母さんの人生を

楽しんで…。

と言った。

 

すると今までは

「でも…」

と、接続詞が続いたが、父の事もあるのか?今年は少し違った事を言った。

「そうね…私ばっかり背負う必要はないわね…」

 

「そうそう!もう十分頑張ってきたじゃん!」

 

母が変わる事を祈る。

最後に…

母は40年間、いい嫁を演じるために生きてきた。

姑に言われれば、赤子を家に置きっぱなしにして、畑で働いた。

友達が遊びに来ても、姑が近くで話を聞き、友達の会話をチェックされてきた。

姑がなくなった時に小姑(発達障害あるも旦那はいる)をみるよう母を洗脳してきた。

 

すべて、姑の我がままで母は40年間を犠牲にしてきた。

その犠牲の1つが私たちだ…。

 

大事な家族を置き去りにして、いい嫁を演じる事が幸せだろうか?

私は決して、そう思わない。

 

誕生日に電話が来る。

これは本来の母のやさしさだ…。

 

しかし、その電話の内容は、悪しき40年間の母だ…。

 

誕生日に悲しくなる。

本当は嬉しいと思いたい。

 

来年は、その状況が変わるといいな…。

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